2005年12月19日

子供の病気

−4/16追記− 
◆年末調整は迫っている。仕事はしなければならない。 
 
しかし子供が病気と言われてそれがショックで、正直ここらへんは 
力が入らず何もする気にもならなかった。 
仕事を一生懸命やってる時が一番気が紛れる。気にしているヒマがない。 
帰れば、ただ、たらたらと2ちゃんを眺めていた。 
ログインする元気がない。パスワードを打ち込む気力もない。 
 
そんな日々であったような気がする。 
まぁ、私の事だ。2,3日の事だっただろうが。 
何もしないと落ち込む。だれかの何かを聞いて、 
中国やら韓国やらの妄言に反撥して腹を立てているくらいの方が 
実際元気が出るのだからおかしい。 
 
そしてこの後だったと思うが、多分家族が順番に風邪で倒れる。 
 
一番目は娘。40度越の熱を出す。 
しかし、これで気落ちなどしていられない感じになっていったような記憶だ。 
∞〜〜〜∞〜〜〜∞〜〜〜∞〜〜〜∞〜〜〜 
 
残業して8時帰宅して配偶者に「○○は?」と聞くと、「寝とる。風邪らしい」という。二階に上がって熱を見ると異常に高い。測ると40度を越えている。 
あわてて額に氷で冷やしたタオルを当て、測ろうともしなかった配偶者を叱る。具合が悪くて寝ている子供をほったらかして見に来ようともしないその神経をうたがう。まぁ、毎度の事なのだが。
 
なにせ子供が咳あげで吐いてるから「洗面器取ってきて!」と叫んでいるのに、ゆっくり歩いていくヤツだ。 
「走って!!」と命令すると始めてあわてて駆け出した昔の姿を思い出す。 
上の子供がまだ幼児の頃の事だ。 
変わらない。何かが違う。 
愛してくれる親が身近にいなかった人というのは、自分がしてもらってないから大人になって親になっても結局そんなもんなんだろうか… 
 
40度熱がある割には、受け答えも一応しっかりしている。 
買い置きの風邪薬を調べると、切れている。 
仕方がないのでバァファリン解熱剤と抗炎症剤としてビタミンCを2000mg飲ませ、その後イトヨに風邪薬を買いに走る。こんな時夜遅くまで営業してくれている店がある事が有難い。 
娘は卵アレルギーがあるので塩化リゾチームの入っている薬は飲ませられない。ネットで薬の成分を調べ、イヴプロフェン処方の薬を探し見当をつけてから家を飛び出す。バファリンを飲ませてしまったので夜中の2時くらいまでは飲ませるのを控えるようにと言われる。 
 
熱は下がらない。 
 
もう17才近くになっているので大丈夫とは思うけれど、 
40度を越えると稀だけれど脳に障害を起こしたり、肺炎に移行する確立が高くなったり心配事が増える。 
いつもは口から生まれたのではないかと思うくらいへらず口ばかりたたいている娘が、妙に神妙なのも具合の悪さを自覚しての事ではないかと思えてくる。 
何度もタオルを取り替えるも下がる気配も汗の出る気配もない。 
下がらないねぇ…薬、効かないねぇと娘に語りかけると「うん…」と言いながらもなにやら朦朧としている。やばい。。。 
 
ただ手をこまねいて見ているだけでは気が済まない。 
 
自分が子供の時にしてもらったように、娘の額やら熱い首筋に手を当てて 
お経を唱えはじめた。祈った。
 
私の信仰するお寺ではこれを「神通をかける」と言う。 
痛いところをさすったりもする。 
人に神通をかけてもらうと、実際に不思議に痛みが取れてしまう場面も多々見てきた。自分も受けて経験もしている。
 
父も生前はよく人に神通をかけた。父も人の苦痛をただ見ていられるタイプの人間ではないため、苦しんでいる人を見るとすぐに神通をかけた。 
ただしその後で、人の「業」をもらって来てしまい、その人が楽になる変わりに自分が病気をもらってきてしまう事が多かった。 
 
祈りは真剣になれば声をひそめて、などはやっていられない。 
段々と声は大きくなり熱が入ってくる。 
そんな私を娘は不思議そうに見つめていた。そのうちうつらうつらとし始めた。 
 
神通をかける時のコツがある。 
それは「自分の力で治すんだ」という意識を持たない事だと最近気がついた。 
 
自分の手を当てるのだからどうしても自分の力で治してあげたいという意識が先に立つ。いきおい自分の力で自分のエネルギーを放射しているような感覚にとらわれる。自分を前面に押し出した意識に自然になってしまう。 
しかし、それではダメなのだ。 
(もっとも自分に徳のある人ならばそれでも効き目はあるのかもしれないけど。) 
自分に徳のない事のわかってる場合は、自分は「避雷針」になればいい。 
もしくは、アース。 
自分を通して天のエネルギーがこの手を伝わってこの子に伝わるのだ、というイメージを持つ。屈み込むのではなく出来るだけ背を伸ばして、アースの役目が出来るように、自分の頭のてっぺん(チャクラ)から天の自然のエネルギーが入り、そのエネルギーが腕を伝って手のひらから放射される様をイメージする。 
 
自分、という意識は極力無くする。 
自分は自然の中の一部に過ぎないという意識を持つ。 
 
…真剣だった。 
 
この時、手のひらから何かが娘の額に伝わって流れて出ていくのを感じた。 
ドクドクっと音がしたかのような感覚。自分でもわかった。 
「あ、効いた」と自分で思った。 
この時、娘も目を開いた。何かを感じ取ったのかもしれない。 
この状態がしばらく続き、読んでいた如来寿量品と観音経が終った。 
娘の額に再度手を当ててみた。 
 
 
熱が下がっていた。 
 
 
まぁ、人はきっと「解熱剤が効いてきたんだよ」とか言うと思う。 
解熱剤は8時20分くらいに飲ませている。その時は多分11時過ぎだったと思う。 
解熱剤が効いてくる時間ではないと私の感覚では思う。 
 
あの、ドクドクっとした時の感覚は忘れられない。何かが伝わったのだ。 
だから私は信じる。私でも真剣になればたまには奇蹟も起こせるらしいと。 
実は以前にも一度自分で「あ、効いた」と感じた事があったのだ。 
 
事務所の、父と一緒にやってきた実質事務所の運営をしている人が、以前大量の喀血をした。洗面器一杯の血を吐いたのらしい。 
結核か肺ガンかとうたがわれて緊急入院した折り、実は先ほどの、「天からのエネルギーを代入する」というのをイメージして、手のひらを彼の胸に当てた。(こういう事は私が信仰をしている、という事をじゅうぶん承知している人にしかできないのだが。)こういう事を意識して神通をかけたのは、この時が実は始めてだった。 
そして、この時はじめて実感として、自分の手のひらからエネルギーが放出されるのを感じる事ができた。 
ほんの数秒の出来事だった。 
でもなんか自信がわいて私は彼に「治った!」と言ってにこっと笑った。 
「そうか、ありがとう」と彼も笑って言ってくれた。
 
その後検査の結果、彼は肺ガンでも肺結核でもなく、結局原因不明の出血という事になり、今でも元気に仕事をしている。 
もちろんこれは神通のせいで完璧治ったと思っている訳ではないのだけど…。 
 
多分真剣になれば誰でも少しくらいの奇蹟は起こせるのだと思う。 
それに気がついていないだけなのではないかと実は思う。 
 
∞〜〜〜∞〜〜〜∞〜〜〜∞〜〜〜∞〜〜〜 
 
娘のそばにずっとついていると、娘が「うつるよ」と言った。 
「うつらん」と言うと、娘の瞳が潤んだような気がした。 
いつも仕事とパソで自分の事にかかりっきりで、放りっぱなしにして勝手に大きくなってくれた子供たちだけど、この日は少し、母親をやれたような気がした。 
 
この後午後2時、買ってきた風邪薬を飲ませ就寝。
その後はもう熱は上がらなかった。
インフルエンザが流行っており、翌日のクラスの欠席者は7名だった由。
インフルエンザですか?と聞かれたけれど病院に行ってないのでわかりません、で済んだ。翌日は大事を取って欠席したけれど結局熱はその後も上がらず、娘はふいに訪れた休日をマンガとゲームとパソで費やしたらしい。 
 
ただ…「うつらん」と行った母は、その後風邪を引いた。 
ぶっ倒れて寝ていると、「うつらんって言った癖に」と言われた。 
症状が違うので、違うウイルスだからうつったんじゃないやい、と私は言い返す。しかし娘の非難の言葉はいつものとは違い、どことなく慈しみを含んだ物言いだった気がする。 
 
そしてその後、今度は猫が風邪を引く。
モチノキさんよぉ〜ごめんよぉ〜とこの頃は思っていた。。。 
 
∞〜〜〜∞〜〜〜∞〜〜〜∞〜〜〜∞〜〜〜 
 
「風邪がうつる」という時の漢字は、どんな漢字を書くのか、わからなかったです。。。。orz 


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2005年12月18日

雪の日を撮る

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■寒いです。雪が積もってます。。。 
ゆうべソファで明け方の五時までそのままうたた寝してしまい、 
クビが凝ったり、肩が凝って頭は痛いわ、寒いわで 
3時くらいまでぐだぐだしてたのですが、気がついたら外は雪景色。 
 
昔は単純に銀世界に感動したものでしたが…今はうんざり。 
あー明日出勤前にまた雪かきしないかんじゃん。寒いじゃん。 
めんどくさいじゃん、というのが まずは脳裏に浮かぶ。 
 
子供自転車でいけないじゃん。がっこ。 
送っていくのも車もよー走らんじゃん。学校坂の上だし〜(;´Д`)
 
うぜぇ…(´Д`)… 

 
でも雪景色は綺麗です。そんな現実を考えなければ。 
雪に単純に喜んでいられた幼年時代が懐かしいです。 
 
今、駐車場拡張の為、庭の工事中。 
なんでとっぱらった半分にあったレンガやら植木鉢やらがテキトーに雑然とそのへんにおっぽり出してあります。休みに整理しようと思っていたのに、この雪で来週に持ち越しとなりました。 
半分になってしまった庭、大急ぎで植え替えた水仙たちの上にも 
だまってどんどん降り積もっていきます。 
うちのシンボルツリーは無くなってしまいました。 
 
モチノキさんがいなくなってはじめて庭の写真を撮りました。 
モチノキさんの話は…とんじんちに書こうと思いつつずっと伸び伸び。 
なんだか忙しい一週間でした。。。。。 
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2005年12月17日

最後の雄姿−もちの木

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−4/16追記− 
◆12月18日に「もちの木がいなくなってはじめて庭の写真を撮る」と書いてあるのでとりあえずこの日にする。
 
最後の雄姿を撮ったのは12/12。月曜日なので多分この週の金曜日くらい(つまり16日?)くらいに切られたのだろうと思う。 
もう記憶が定かでなくなっている。 
子供がそろそろ車を買うかもしれないので隣家が拡張工事をしたついでに、同じ業者にうちの工事も依頼する。 
はじめの予定ではモチノキのある箇所ぎりぎりのラインまでの拡張のつもりだったけれど、それでは軽自動車くらいしか入れられない事がわかり、泣く泣くモチノキを犠牲にする事となる。
 
中古で買ったこの家に、私達より先にこの家の主だった木。
 
越してきた頃はあまりに大きくなっていて家の中が夏の日にも陰になり、ずいぶん切りつめた。
流れの植木職人が来た時には暮れにちょんちょんに切られてしまい、このまま枯れてしまうのではないかと心配した事もあった。 
あまりに切りつめられてしまった時には生きている確証が得られるかもと 
心配で幹に耳をあてた事もある。
 
父の通夜の日にはるぱる来てくれた父の小学校時代の同級生という老人が、帰りしな「太くなったねぇ」とほめてくれた木だった。 
娘が小さい頃には剪定後のこの木によじ登って悦にいっていた事もあった。 
夏は蘭たちに木陰を作り彼等が日差しに焼けてしまうのを防いでもくれた。 
そんな歴史を見てきた木が、我が家からいなくなる。 
 
いつも庭木を剪定するたびに、せまい庭に植えられた木は可哀想だと思ってきた。森に棲む木々たちは自由に枝をのばしどこまでも伸び、何百年と生きる事も出来るのに、一生懸命枝を伸ばす度、いつも切られてしまう。 
ごめんねぇと言いながら、下が陰になってしまうのでいつも切ってきた。 
 
突然の話なので根回しもできない。時は厳寒期に向かう12月。 
ぎりぎりまで残す手だてはないものかと思案したものの仕方がない。 
いつものお坊さんに読経を頼むのにも時間が合わず。致し方なく自分でやり方を聞いて供養する。 
 
お米と酒を供え自我偈(如来寿量品)を唱え供養してモチノキにふりかける。 
長い間ありがとうございましたと御礼を言いながら、涙がこぼれて仕方がなかった。 
 
考えてみれば、私たちの住む住宅街、道路、街並み…
きっとそこには昔から長い間生きてきた樹木たちも多々あった事だろう。
街が開発され人が増え、世が発展するまでにいくつの樹木たちがこうして犠牲になってきただろうとはじめて思い至った。 
知らなかっただけだ。知っていて現実「気がついて」みた事などなかった。 
椅子ひとつタンス一つ、テーブル一つとってみても、我が家にしてもいくつかの樹木たちのいのちをいただいて今私達は生活させていただいていたのだと心深くに思い至った。 
それにしてもただ、切り倒してしまうのが悲しい。 
せめて何かに姿を変えて、残してやれたらよかったのに。 
ごめんなさいと謝った。いつも人間の都合で彼等のいのちを断ってしまう。 
 
せめて子供でも残せないかと、ついていた実を採り植木鉢に蒔く。 
切り取った枝を挿し芽にできないかと挿す。それから実生で出てきていた苗木を残す。供養のお経を唱えながら、こちらに命を移してね、と頼む。 
 
…しかし、後になって気がついた。 
 
実生の苗木と蒔いた種と挿し芽と、全部がもしも芽を出したらどうする気だったのだろう。
いったいどれにこのモチノキさんのいのちが移ったのかわからないではないか。
1本のモチノキで今まででさえ精一杯だったのに何本のモチノキを庭に残すのか。もしも全部芽が出たら、森にでも植えに行かねばならないなぁと考えていた。 
 
幸い…なのかどうか、4月現在挿し芽は失敗(当たり前だ。12月に挿し芽がつくはずもない)実生は未だ出ず、苗木だけは成長している。 
 
そして…この時の祈りが足りなかったのか、この後いろいろな事件が起こる。 
しかしそれをモチノキの所為にしてはモチノキさんに対して失礼だと思う気持ちと、やっぱし木を切るとなんかあるなぁという気持ちと未だ心は揺れている。
 
∞〜〜〜∞〜〜〜∞〜〜〜∞〜〜〜∞〜〜〜
 
まずはモチノキを切ると決めた週の土曜日、長男に病気発覚。遅くに起きてきて気持ちが悪いと言う。 
病院に行くかと訊ねると以外にも素直に行く、と言う。 
いつもならイヤだと言うに決まっているのに。 
---------ん??切ると決めた後雪がちらついて延び延びになって…切ったのは水曜日か木曜日。んで19日にはもう切られていた…?
 
とすると病気発覚は10日だったのかなぁ。この日だと思っていたのに。。。

アテにならない私の記憶…
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2005年12月04日

おふぃちゃんが来た♪

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金曜日に配偶者がメールで「おふぃちゃんがきとる」と報せてきた。 
ここのところずーーーっと来なかったので心配していたのだ。 
実に10月26日以来。 
 
◇おふぃちゃんの記録はここらへん 
 やせっぽっちの猫の話2  
 あの子が来ない… 
 
実は事務所の近所の猫に関して、この10月26日以後、事務所近所年寄り連中とまたもやいろいろあったので、
野良猫達に関して一種あきらめの境地というか…なげやり、というかそんなキモチが自分の中にあった。 
心ない年寄りたちに対して怒り心頭と同時に、なんとも厭世的な気分になり
何もかもめんどくさいようなキモチになってしまって、もう知らないっていうか、どうにでもなれというか…そんな感情の変化が11月アタマにあった。 
 
でおふぃちゃんが現れないのも、気にはなりながら 仕方のない事として 
気にしないふりをしてきた。 
エサは出していく。帰ってくればエサはからっぽになっていたけど、 
他にも3−4匹の猫が出没しており、たまたま遭遇して逃げていく猫は、 
いつもおふぃちゃんとは違う黒や灰色の猫だった。 
 
はじめは追っ払っていたけど(この子たちがいると臆病なおふぃちゃんは来ないので)考えてみれば、この黒や灰色の子だって可哀想な猫なのかも知れない。(それにしてはみんなデブだけど…)差別するのもいけないと思い、それからはなるだけ無関心を装っていたら、こちらのキモチは即伝わるのか、こいつらもあんまし逃げなくなった。 
それでも…おふぃちゃんは見かけなかった。 
 
もう、どこかに行ってしまったのか、はかなくなってしまったのか。。。 
そんな事を考え始めたら、エサを出すのも空しくなって、二三週間前には、 
エサの事を忘れて出勤した日も一週間ほどあった気がする。 
 
ここのところ寒くなり、他のノラにしたって寒かろうという気持ちで 
再びエサを出すようにした。そして5日後の事。 
やっぱし、おふぃちゃん ちゃんと来てくれてたのかなぁ。。。 
 
「立派なきたないノラになっとった」と言うのでどんなんかと思っていた。 
昨日は1日庭仕事をしていたけど現れなかった。 
今日ラックが玄関にへばりついているので、ひょっとして…と思ったら 
案の定おふぃちゃんは外でラックと同じように玄関にへばりついて様子をうかがっていたようだ。 
 
 
で…かなりデブになっていた…。 
もう「やせっぽっちのあの子」ではない。 
一回り大きくなって、寒くなったせいなんだろう、皮下脂肪を蓄える必要も外猫にはあるのだろう、細くはなかった。 
どこで食べていたのかな。。ちゃんと毎日来てくれてたのかな。 
エサ忘れていた一週間くらいはどうしてたのかな。。。 
 
表情は変わらないおふぃちゃんだった。
優しい目も変わらない。 
すりすりごろごろしてくる。
抱き上げるとのどを鳴らせながら、手に力を時々きゅっと入れたりゆるめたりして、それが「会えて嬉しくてたまらないよ」という感動を現わしているかのように思えた。 
 
勝手な思いこみなんだけど。だけどほら人間も嬉しくて キューって手を握ったりするでしょ? あんな感じ。 
 
1時間ほどつき合ってから家に入った。寒くなってくるこれからどうするだろうと心配しつつ。。。
シーツを敷いた段ボールを置いて見たけど入らなかった。玄関は結構風通しが良くて寒いのだ。きっともっと快適な場所を自分で見つけているのだろう。なんとかせめてもっと会えるといいのになぁ。 
 
BBSにカキコしてくださったsorakoさんの家も、7匹の猫の内1匹を除いてみんな♀なんだなぁと思って見ていた。 
 
◆写真は10/26のもの 
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2005年12月02日

カウンターが…

しらん間に4000行っていた… 
誰だったのかなぁ。。。。
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posted by 紫猫 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 昔の日記から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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